篤があつしに変わるまで21『篤をあつしに変えたとき』

このエピソードからお読みの方は、 『篤があつしに変わるまで 0 プロローグ』 からお読みください。

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 学生時代にアルバイトをしていた「すかいらーく」で、ボクと友人は食事をしながら頭を悩ませていた。

『Excelマクロで作る販売管理』のゲラのチェックは終わった。
 残る作業はあと2つだけ。
 1つは、本のタイトルを決めること。
 しかし、出版業界と接点を持つようになって初めて知ったが、技術書やビジネス書のタイトルは、基本的に出版社が決めるのが通例であった。
 つまり、この作業に関してはボクは無関係である。

 もう1つは・・・。
 そう、ペンネームである。

「ペンネーム」
 なんとも心地の良い響き。
 本を書いた人間にしか与えられない神様からの大切な贈り物。
 ボクの「ペンネーム」に対する思い入れは、それほど強いものであった。

 しかし、ボクにはもう1つ、親から授かった大切な贈り物、「本名」がある。
(ちなみに、厳密には「篤」と名付けたのは両親ではない。「太郎」と名付けようとした夫に反論できずに、母が仲人に相談に行って、両親の仲人が付けてくださったそうだ)

 このときのボクは、その後、自分が本を量産するプロのライターになろうとは想像だにしていなかった。
 自分の人生で最初で最後の著作。
 そう思っていた。
 だからこそ、悩みに悩んだ。
 さて、どうするべきか。

「一度きりの思い出なんだから本名にするべきだよ」
 食事を口に運びながら友人は主張する。

「いや、なにかこう、ぐっとくるような、なんと言うか、まぁ、覚えやすくて、それでいて、丸みのあるというか柔らかみのあるというか、そんなペンネームがいいが、確かに本名も捨てがたい」
 ボクの主張は支離滅裂だ。

 と、そこでアイデアが振って来た。

 待てよ・・・。
「大村」は誰でも読める平易な漢字だし、丸みはないが、少なくとも覚えにくいことはない。
 それに、苗字も名前も丸かったら、かえって逆効果のような気がする。
苗字くらいは多少角張っているほうがいいだろう。
 そう思った瞬間、ペンネームの苗字は「大村」に決定した。
 この点には迷いはなかった。

 では、名前はどうする?
 本名の「篤」は、読めない字ではないが、「大村」のような覚えやすさがない。
 要するに、画数が多すぎる。
 それに、「丸み」「柔らかさ」という点でも不合格だ。
 直線ばかりで、「大村」以上に威張っているではないか。

 友人は、食後のコーヒーを飲みながら、「篤」でいいじゃないか、とあくまでも本名使用を主張する。

 う~ん。そこまで言うのなら・・・。
 友人の言うとおり、一生で最初で最後の晴れ舞台だ。
 思い切って本名にしてしまおうか。

 結局、その日は結論は出なかったが、翌日、書店でパソコン書籍の著者名を徹底的に調べていて、ボクはある事実に気がついた。
 ひらがなやカタカナの著者名が一つもないのだ!

 その瞬間である。
「篤」が「あつし」に変わったのは。

「あつし」であれば、音声にしたときには本名である。
 しかし、見たときには・・・。
 なんとも字が丸くてかわいらしいではないか。
 もう、頬擦りしたいくらいである。

 この漢字だらけの著者名の中に、もし「あつし」とあれば、きっと目立つぞ!
 となれば、ボクの本を読んでくれた方は、書名だけでなく、著者名も覚えてくださるかも知れない。
 もしそんなことになれば、それだけでも生まれてきた甲斐があるというものだ。

 この日、この瞬間から、ボクは「大村篤」ではなく「大村あつし」として新しい人生を歩むこととなった。
 しかし、こんなに長い付き合いになろうとは・・・。
 今では、決して大袈裟ではなく、「篤」が自分の本名であるという事実を忘れかけている。

 さて、肝心のデビュー作であるが、いよいよ発売日が近づいてきた。

 ただし、それは次回のエピローグでのお話。

→ 22話『エピローグ』