篤があつしに変わるまで20『二重の幸運』

このエピソードからお読みの方は、 『篤があつしに変わるまで 0 プロローグ』 からお読みください。

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 今から話すことは、信じがたい、しかし紛れもない事実である。
 もっとも、この裏事情を知らされたのは、エーアイ出版から本が出版されたあと、正確には、本の売れ行きがそこそこ好調で、2冊目の執筆依頼が来たときであったが・・・ 。

 ボクの持ち込んだ企画書と原稿は、1週間、女性編集長の机に放置されていた。
 持ち込まれてすぐに「出版不可」では、あまりにボクに対して非礼だと思ったそうだ。

 補足しておくと、持ち込んだときには編集長は不在であった。ボクは、決断する立場にない編集者に、前もって電話で編集長にお話をしてある旨を告げて手渡してきただけである。

 かといって、エーアイ出版の長い社歴の中で、過去に著作物のない「素人」の持ち込み企画を出版したことは一度もないそうだ。
 すなわち、遅かれ早かれ、ボクの元には「出版不可」の連絡が入り、企画書と原稿はゴミ箱行きの運命だったわけだ。

 ちなみに「出版不可」の連絡さえくれない出版社もいくつもあった。
 その対応を考えると、「検討した上での結論」という、ボクが納得のいく状況を1週間という空白期間を置くことで作り上げ、その上で連絡を下さる手はずだったエーアイ出版の編集長は、非常に良心的な方だと今でも心の底から感謝している。

 ボクは、原稿を持ち込んだ日に、エーアイ出版の編集部のロッカーや壁にジャッキー・チェンのポスターが何枚も貼られていることには気付いていた。
 最新作の『プロジェクト・イーグル』が3、4枚。
 また、彼の代表作とも言うべき『プロジェクトA』や『ポリスストーリー』のポスターもあった。
 しかし、もちろん、誰が貼ったのかまでは知る由もない。

 一方、そのポスターを貼った張本人は、収穫のなかった企画会議のあとで部下から渡された自分の机の上の出版する予定のない「素人」の持ち込み企画書にふと目を落とした。

「そろそろ、彼には連絡を差し上げなければ気の毒だ」

 しかし、その目に最初に飛び込んできたのは、

『Excelマクロで作る販売管理』

という原稿の仮題ではなく、企画書を書いた人物が経営する会社名だった。

有限会社プロジェクトA
代表取締役
大村篤

「自分の会社に『プロジェクトA』なんて映画のタイトルを付けるって。この人『も』相当なジャッキー・チェンのファンに違いない」
 その瞬間、それまでは気にも留めていなかったその企画書が、彼女には無性に気になる存在になった。

「ジャッキー・チェンのファンがどんなことを考えたのかしら」
「ん?『Excelマクロで作る販売管理』? 普通、販売管理を作るならAccessでしょう?」
「でも、待って。ExcelもVBAを積んで、マクロも進化しているはずだわ。もし、本当にそんなことが可能なら、これは画期的な本になるわ」
「だけど・・・。Excelマクロで販売管理システムを作るのが可能なんて言われても、この企画書だけでは保証はないわね」
「いえ。この人は『例外』じゃないの!『素人』とはいえ、完成した原稿も持ち込んで来てるじゃないの!」

 そう。昔々、品川出版の福島社長に騙されて原稿を完成させてしまったあの「不運」が、この瞬間、「幸運」に転じたのだ。

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 少し話が横道にそれるが、原稿を読んだ編集長からは電話でこんなことを言われた。

「大村さん。あの、今までのペンネームは?」
「え?」

「いえ。大村さん、素人と仰ってましたが違いますよね。これはプロのレベルの原稿ですよ。Excel5.0で撮った画面キャプチャはExcel95で撮り直ししなければなりませんが、それ以外は修正点は一つもありません」
「そうなんですか」

「全体の構成。解説のわかりやすさ。圧倒的な筆力。どれをとっても、大村さん素人じゃありませんよね」
「いえ、それが本当に生まれて初めて書いた原稿なんです」

「じゃあ、雑誌の連載でもやってらしたのかしら?」
「いえ、一度も書いたことはありません」

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 そして、原稿を持ち込んでから3週間後、いくたびもの会議をパスして、ついにボクは吉報をもらうこととなる。

「大村さん。例の企画、会議を通りました。出版させていただきます」

 95年10月に原稿を完成させてから、実に8ヵ月後のことであった。

→ 21話『篤をあつしに変えたとき』